

— 連発足のきっかけを教えてください。
飛鳥連冨澤様(以下冨):結成は昭和45年10月です。創立したのは、パル商店街で阿波おどりが始まった頃に、運営や警備、配給など裏方に徹していた役員グループでした。昭和40年代に入り、演舞場が広がったり、独立連も次々と誕生したりして、高円寺阿波おどりの存続に確信がもてるようになった時、自分たちも汗を流した分、喜びを分かち合える連をつくろうとしたのがきっかけです。
当時、高松塚古墳が発見され、一躍飛鳥地方が脚光を浴びた時代でした。我々の「阿波おどりという文化を大切にしたい」という思いから、日本文化の源流である「飛鳥」の名前をいただくことにしたんです。
—飛鳥連はココが違う!というポイントがあれば教えてください。
冨:飛鳥連は、徳島の娯茶平(ごぢゃへい)の姉妹連です。娯茶平流の踊り、鳴り物を目標に練習を重ねています。
通常、阿波おどりは、同じ側の手と足を一緒に出して踊るんですが、うちは漁師が投網を打つような仕草で、
出した手を引く動作を取り入れて踊ります。
「網打ち」といいますが、これが特色のひとつですね。
鳴り物も、笛と三味線は特に大切にしています。上半身は笛のメロディで踊り、足は三味線のリズムで踊る。
音をいかに聞き分けて踊るかというのが、一番ベースにある考え方です。
逆に言えば「踊りにくい音だったら踊るな」と。鳴り物へのプレッシャーでもありますね。

— 一年を通して、どのように活動をされていますか?
冨:11月から2月は何も予定を入れない期間にしているんです。阿波おどりは、芸事である前に、趣味なんですね。あまりにどっぷり入ってしまうと、ついつい自分のなすべきことがおろそかになってしまう。だからその間は阿波おどりのことは忘れ、しっかり勉強、仕事しましょう、と。
その分、春先からは練習もかなりの回数を入れていきます。6月からは週2〜3回くらい。馬橋小学校や、うちの店(パル商店街の「惣菜 とみざわ」さん)の地下練習場などで練習します。
— 連員のみなさんについて教えてください。
冨:最高齢は70代もいますが、メインは30代中心ですね。とはいえ、35〜6でも阿波おどり歴25年だったりします(笑) 男女比は半々くらい。メンバーは総勢115名です。
募集はサイト上で行っていますが、そのほかにも口伝え、直接訪ねてくる方など様々です。
— 飛鳥連にとって高円寺阿波おどり大会とは、どんな大会ですか?

冨:その年の阿波おどりの集大成ですね。毎年、昨年よりも今年、今年よりも来年という気持ちで、のぞんでいます。
— 今後の目標はありますか?
冨:目標は「年寄りになっても踊れる連」です。そのためには、若い人も、そうでない人もお互いに認め合えるような連にならなくてはなりません。
ただ楽しく踊るだけではなく、阿波おどりとは何か、どういう歴史的背景があって今こういう踊り、音になっているか、というところまできちんと考えられる人が増えていけばいいなと思っています。
— 最後にメッセージをお願いします。
冨:少し敷居が高そうに感じられる連なんですが、実は全然そんなことはありません。ぜひどうぞ遊びにきてください!
— ありがとうございました。

飛鳥連公式サイト
http://asukaren.com/
座・高円寺での初の取材となりました。地下2階の阿波おどりホールは、高円寺びっくり大道芸のボランティアで来て以来です。連長の冨澤さんはとても親切な方で、その場で他の連の方に連絡を取って頂き、ご紹介いただきました。実は、座・高円寺という名前は冨澤さんが考えたものらしいですよ。飛鳥連の皆様、ありがとうございました。(2009.6.4・座・高円寺 阿波おどりホール)